正しい姿勢

私たちはこどもたちに「姿勢を良くしなさい」と言います。そう言いながら「良い姿勢」「正しい姿勢」とはどんなものなのか説明しなさいと問われると、答えに窮してしまいます。私自身、座った時に猫背になる癖がついていることを随分前から注意されてきました。しかし、それが悪いことだと感じることはなくこれまで過ごしてきました。だから正直言って、それを直そうと積極的に意識することもありませんでした。猫背になってしまうのは、その姿勢が楽に感じるからなのでしょうが、そもそもその傾向そのものから矯めていかなければならないわけです。

ロンドン留学中の夏目漱石が、反対側から歩いてくる「妙なきたない奴」が、鏡に映った自分の姿だと分かって幻滅する様子を日記に書いています。そこまで極端ではないにしても、ショー・ウインドウにふいに映った自分の様子を見て、「あれ、姿勢悪いぞ」と気付くことは誰にでもあるかもしれません。

「文学を極めよう」とロンドンで書籍に埋もれていた漱石は、いつの間にか、周囲のイギリス人たちのプロポーションが身にまとう洋装を当たり前のものとしてイメージしていたのでしょう。そのイメージと、「妙なきたない奴」とのギャップに驚いたわけです。それが自分自身の姿だったと正直に書き記しておくところが、漱石らしい誠実さなのかも知れません。

「姿勢」は、身体の状態だけではなく、心の状態も示すものでしょう。「襟を正す」と言いますが、相手の話を真剣に聞く時には、その心の状態にふさわしい「姿勢」が求められるものでしょう。誤った姿勢を「楽」に感じることのないように、改めて「正しい姿勢」を学びたいと考えています。

校長 小出啓介

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